「盲獣」(江戸川乱歩)

毒好きな方に、乱歩の「猛毒」の逸品

「盲獣」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第5巻」)光文社文庫

「江戸川乱歩全集第5巻」光文社文庫

不快極まる、
色彩の混乱であった。
色彩の雑音。
色の不協和音だ。
人を気違いにする
配色というものがあるならば、
きっとこの様なものであろうと
思われた。
強い色彩は一つもない。
全体が陰気な灰色の感じだが、
その中に、まるで…。

あまりお薦めできません。
文学作品を
紹介するサイトでありながら、
この様な一文を書くのもどうかと
思いましたが、
本作品の印象を一言で言い表すならば、
「あまりお薦めできません」としか
書きようがないのです。
作者・江戸川乱歩自身が
「失敗作」と評価した本作品、
その質はともかくとして、
乱歩の「ある一面」だけが強烈に
前面に押し出された作品なのです。
その一面とは何か?「毒」です。

〔主要登場人物〕
盲獣
…盲人の殺人鬼。
 ある種の天才的芸術センスを持つ。
水木蘭子
…浅草のレビュー界の女王といわれる
 踊り子。殺害される。
 30歳を超えている成熟した美女。
沢君子
…蘭子の内弟子。16歳。
里見雲山
…水木蘭子の裸婦像を制作した彫刻家。
小村昌一
…蘭子の恋人。
真珠夫人
…真珠の様に美しい肌を持つ女性。
 殺害される。
大内麗子
…寡婦クラブの最年少の夫人。
 肌の美しい女性。殺害される。
松崎未亡人・下田未亡人
…寡婦クラブ会員。
漁村の蜑
…村一番のきりょう好し。殺害される。
首藤春秋
…彫刻家。触覚芸術論を展開。
 盲獣の作品を世に送り出す。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
極まる乱歩のグロテスク

本作品をあまりお薦めできない理由は、
その味わいがグロテスクなものであり、
それもきわめて
醜悪なものであるからです。
美しい女性を次々と殺害し、
バラバラに切断し、
そのパーツを
あえて人目につく様に晒す。
雪達磨に埋めてみたかと思えば、
たくさんの風船に結わえて
空中に放置する、
紳士の手に握らせたかと思えば、
芝居小屋の見世物とすり替える、
最後にはハムと偽って
安値で売りさばくなど、
これ以上の不快感を催す作品は
ないのではないかと思うくらいです。
でも、それこそが乱歩らしさであり、
乱歩のグロテスク趣味が
結晶化したような作品なのです。
乱歩の「毒」である「グロテスク趣味」を
味わいたい方には
うってつけの作品となっているのです。

本作品の味わいどころ②
探偵も警察も登場しない

加えて、
本作品をあまりお薦めできない理由は、
推理小説でも探偵小説でもない、
ただの猟奇的犯罪小説だからです。
明智小五郎はおろか探偵は登場せず、
警察による捜査の記述も
一切カットしてあるのです。
ただただ盲獣の犯罪が
延々と続くのです。
したがってやりたい放題としか
いいようがない状況が続きます。
でも、それこそが乱歩らしさであり、
乱歩の犯罪者重視の作風が
最も強く現れた
作品となっているのです。
乱歩の描く犯罪者像という「毒」を
堪能したい方には
うってつけの作品となっているのです。

本作品の味わいどころ③
触覚芸術論という世界観

さらに、
本作品をあまりお薦めできない理由は、
「触覚芸術論」なる倒錯した世界観が
下地となっているからです。
粗筋代わりに冒頭に掲げたのは、
盲獣が地下に造り上げた
美術空間を形容している一節
(この一節以降も
延々とおぞましい形容が続く)です。
壁や床一面に、様々な人間のパーツが
デフォルメされて配置された、
想像を絶するこの空間、
乱歩の創造した
空想上の構造物としては、
規模においてパノラマ島に
譲るとしても、
その醜悪さはおそらく最上位でしょう。
それを含めて乱歩は
彫刻家・首藤に持論としての
「触覚芸術論」を展開させ、
盲獣の犯罪を
正当化しようとさえしているのです。
「罪業の半を償うに値する程の、
 すばらしい贈り物を残して、
 盲獣は楽しき服毒自殺を
 遂げたのである」

芸術のためなら殺人も許されると
言っているかのようです。
異常な感覚です。
でも、それこそが乱歩らしさであり、
乱歩の常軌を逸した世界を、
そのままストレートに
再現した作品なのです。
「毒」としか言いようのない
乱歩の異常な感覚に
どっぷりと浸りたい方には、
これ以上のものはないといっても
過言ではありません。

というわけで、ただでさえ
劇薬扱いの乱歩作品の中にあって、
本作品はもはや「猛毒」の部類に入る
一作に仕上がっているのです。
毒には毒の味わいがあり、
毒には毒の楽しみ方があるのです。
毒好きな方に、
「猛毒」の逸品を御紹介します。

〔「江戸川乱歩全集第5巻」収録作品〕
押絵と旅する男

蜘蛛男
盲獣

〔関連記事:乱歩の犯罪者小説〕

〔光文社文庫「江戸川乱歩全集」〕

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